桜井:
 プロジェクトスタートのときのことから話しを始めると、最初に安藤さんが作った曲については、自分としてはそれなりに不安と不満があって・・・。
 最初はニンテンドウ64(以下、64)の頃に作っていた曲に「ちょっと毛が生えた」程度だったんですよね。
 でも、自分たちはこれまでロムでソフトを作っていたから、それはある意味では、当然そう作ってしまいがちなんだけれども・・・

安藤:
 それはね、当時はどういうものを目指していいかっていうのがわからなくて。

桜井:
 そうそう。
 自分としては色々な作品を見てきたので、「ああ、このくらいのものに匹敵しないといけないなぁ」という思いがあったんですよね。

安藤:
 例えば、「今度のハードは波形だから、音がいくらでも使えます」って言われたんですけど。
 でも、「使えて嬉しいんだけど、どうやって使ったらいいんだろう」っていうところからして・・・

桜井:
 いきなり大海のド真ん中に放り込まれたような感じだったんですね。

池上:
 一番の問題っていうのは、桜井さんの考えていることを僕らが理解できていなかったっていうことだと思うんですよね。
 そして、桜井さんと会話をしていくなかで、「あ、そんなスゴイことをやろうとしているんだ」っていうことが徐々に理解できるようになって、事の重要さに気づいたのが、かなり後になってからだったんですよね。
 だから、最初はお互いの認識にギャップがあったように思いますね。

桜井:
 うん。
 それは仕方がないなって思うけどね。
 いきなりゲームキューブで、「なんでもできるようになった」「今のお客さんはこういうものを求めている」「一年後にはこうなっているだろう」っていうことを説明しても、「だから、今回はここまでやるのだ!」ってスマートに通じるものでもないと思うし。

池上:
 だから僕には、そこにすごく時間がかかったように思いましたね。

酒井:
 僕はそれとは全く逆ですね。
 初めて桜井さんと打ち合わせをしたその日に桜井さんが、「安藤さんはわかってない」ってハッキリ言って、それからすごく深い哲学的な例え話をしていたんですけど、おぼえてます?

桜井:
 おぼろげにしか・・・

酒井:
 それで、「この人なんでこんな深いことを言うんだろうな」っていうのが桜井さんの印象で、びっくりしたんですよ。

安藤:

 でもね、わかっていないときにそういう話しを聞かされても、やっぱりわからないんですよ(苦笑)

池上:

 僕らも最初は桜井さんとそういう話しをしていても、「なんでそんなことを言うんだろう」っていうことの繰り返しだったんですね。
 僕らは最初、「なんでそこにそんなにこだわるんだろう」とか「このクオリティで充分じゃないか」って思っていたんだけど。
 その僕らのレベルと桜井さんのレベルが合っていなかったし、桜井さんが持っているスマブラDXに対しての愛情とか、キャラクターひとりひとりを作った原作者に対する尊敬や、それを使わせてもらうことへの責任感っていうものを、周りのスタッフは最初の頃は理解できていなかったんですね。

桜井:
 もしも、その頃に色々話したことをスタッフ全員がおぼえていたとしたら、完成したスマブラDXを見て「あ、こういうことが言いたかったのか」っていうことが、ハッキリとわかるんじゃないかと。

酒井:
 うん、わかる。

池上:
 初めの頃は、桜井さんの言うことや作りたいものとかを理解しようとしても、なかなか理解できないから、誤解したかたちで曲を作っていたわけですよね。
 それで結局、音楽を作る職人的な部分が自分には足りないんじゃないかっていう方向に考えが進んでしまったので、うまくいかなかったんじゃないかと思っているんですが。

桜井:
 まあ、今はわかっていると思うんだけど、そういうことではないので(笑)。
ずっと前にもあるプログラマーから
「桜井くんの言っていることを理解できないまま仕事をしていたけど、作業が進んで全体像が明らかになってきて、それに触れることができた段階で、やっと自分がやっていることが見えた」と言われたことがあったんだけど。
 それは、ある意味色々なプロジェクトにおいて必ずあることなので仕方がない*ことなんだけど。
 内容が明らかすぎるものを作ってもしかたがないし・・・。
 実は、今回オーケストラを使うっていうのは、「そこまでやっていいんだ」っていう選択肢のひとつを見せたかったということも目論見のひとつにあって。

池上:
 今回の作品の完成形というか、どういうものを求められているのかがわからなかったときに、「どのくらい本気なのか」「どのくらい大きな仕事をやらせてもらっているのか」っていうことがわかったのが、オーケストラの話しがあったときなんですよね。
 最初の打ち合わせのときに、すごく印象に残っているのが桜井さんの「絶対やろう」っていう言葉なんですよ。
 僕はちょっと逃げ腰だったんですけど、桜井さんがそのとき、「会社がオーケストラの費用を出してくれなかったら、俺が全額出すよ」って言ったんですよね。
  その一言で全てが理解できたというか、それを言われたから、「あ、もう逃げ場はないな」というか(笑)。
もうあとは「何としてもやり遂げたい」という感じで。
 実は僕、ちょうどその頃は子供が産まれたあとで、もう「子供のためだったら何でもする」っていう想いがあったんですよね。
そういう子供に対する愛情と同じように、自分の作るゲームに対する愛情があるんだなっていうことを、そのときの打ち合わせで感じたんですよ。
あとはもう「迷いはない」「なんでもやろう」という気持ちでした。


桜井:
 実際、ノウハウもない状態から、たとえばオープニングムービーなどを作るのは大変なことだけど。
 でも、それだけの価値がある作品だと思ったから、そういうことをするわけで。
 何と言っても「義理立て」っていうのはスゴイなあって思うんですよね。
 最近やっと気づいたんですけど、自分は義理を半分程度、仕事のエネルギーにしているところがあるんです。
 普通は、お客さんが対価を払うことに対しての義理立てなんですよね。
1個6,800円するソフトが、何に値する対価なのかということを、常日頃から考えながらゲームを作っている。
 つまり、自分たちの提供するものが、それだけの対価に見合うほど、もしくは超えるほどに満足できるものなのかということを考えながら仕事をしているけれども、今回は原作者に対する義理立てというものもあって。
 自分が子供だった頃からゲームを作っていた人たちが、20数年間もかけて育んできたキャラクターたちや曲とか、もしくはそれらを楽しんできたユーザーたちでもいいんだけど。
 そういう「果たすべき義理立て」というものが、今回はすごく多い作品だったので、「もうこれは何でもやるしかないでしょう」という気持ちになっていたのは確かですね。
 もちろんそれでも、満足いかなかった部分や、実現できなかった部分もあるけれども、それでもある程度の義理立てはできたんじゃないかなと、思っていますけどね。
 だって、普通のゲームと比べてもスマブラDXが6,800円って「ちょっとお買い得」ですよね(笑)。

酒井:
 ちょっとというか、「だいぶお買い得」と言いたいけどね。

池上:
 いや、「かなりお買い得」。

酒井:
 桜井さんとやりとりしたメールのなかに、「お客さんが6,800円を払うことの『ダメージ』というものを考えて下さい」っていう言葉があったんですよ。
 スマブラ拳への投稿を読むと「6,800円は非常にお買い得だ」という声もあるけれど、その一方で「もっと安くしてください」という声もあるじゃないですか。
  だから、お客さんが6,800円を払うということを意識した仕事をしなければならないなと、思ったんですよね。

桜井:
 同じ金額でも人によって価値観が全く違いますからね。
 特に、子供であればあるほど大きいですからね。

池上:
 だから、そういう意味では桜井さんは、お客さんの代表みたいな感じですよね。
ディレクターなんだけど、どっちかというと・・・

酒井:
 一番厳しいお客さん。

桜井:
 でもまあ、ディレクターっていうのは、本当はそうあるべきなんだけどね。
 ディレクターとしてわがままに、自分の嗜好を最優先にするというのも、作品を作るということでは、すごく大切だったりするんだけど。
 でも、色々な会社のディレクターやプロデューサーの仕事を見ていると、やっぱり自分はユーザー寄りなんだという意識が、最近になってさらに強くなってきました。
だから「いいゲーム作ってね」って(笑)。

池上:
 だから逆に言えば、お客さん代表の桜井さんが面白いとかイイと思ったものは、お客さんも同じように思ってるんだろうから、それはすごくいいことじゃないかな。

桜井:
 まあそれが、理解されなくてねえ(苦笑)。
 やっぱりディレクターって、好き勝手言うからスタッフには憎まれ役だし。


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