酒井:
2月14日のバレンタインデーのときに、オーケストラの打ち合わせのために山梨に来たんですよ。
でもそのときにはまだオーケストラにするかどうか、社長が決めかねているような状況で。
安藤:
最初は社長がオーケストラについて、どちらかと言うとちょっと消極的で、それを説得するために酒井さんが来たというような面もあったんですよね。
桜井:
そうそう。いざとなったら自分が費用を出すと言ったのも、そういう危うい雰囲気があったからなんですよ。
だからあの頃は一進一退だったんですよ。
池上:
その桜井さんの発言があったから、僕らは何があってもオーケストラでいくことに決めて、次の日くらいにそれを社長に伝えに行ったら、社長も「みんながやるっていうんだったらいいよ」っていう感じで急展開したんですよね。
酒井:
一方で僕はね、新曲を書くのではなく、安藤さんの曲を僕がオーケストラに置き換える作業をするのかと思っていたんですよ。僕が曲を書くって、いつ決まったんだろう?
安藤:
オープニングの音楽については、2月14日だったと思いますよ。桜井さんが、私が作っている途中の曲を聞きながら厳しい顔をして、「それじゃあ」っていうことで酒井さんが書くことになったんですよ。
酒井:
そうか。
それで僕は覚悟を決めたんですけど、その覚悟が3日後くらいに揺れたんですよ。
2日目まではスタジオをおさえたりミキサーの人に連絡をとったり、オーケストラの人を決めたりですごく忙しくて、安藤さんの曲の分析を一切していなかったんですよね。
それで、安藤さんの曲を見てみたらテンポがすごくて。
小節ごとに、場合によっては拍ごとに、テンポが全く変わってしまっていて。
これはマズイなと思って、安藤さんに抗議の電話をしたんですよ(笑)。
どういうことになっていたかというと、例えば、150キロのスピードで走っていたクルマが、ある線を越えた瞬間に120キロにスピードを変えるのは絶対無理なんです。
手前から徐々に減速して、線を越えるときに120キロのスピードにすることならできるんです。
でも、安藤さんの譜面は、そういった急激なスピードの変化を人間の演奏に求めていることになるので、それは絶対に無理だと思って。
桜井:
まあそれは、コンピュータゲームというものに長く付き合ってきた結果、そういうことが簡単にできるというノウハウが培われてきたからであって・・・
酒井:
確かに、コンピュータならできる演奏なんですけれども、人間には無理だと思って。
それで、どうしたかと言うと、安藤さんが書いた曲は一度捨てなければならないと思ったんですね。
もし、安藤さんのこの16分音符を演奏家に演奏させたら、絶対150キロから120キロには落ちないと思ったから、僕は譜面をすごく簡単にして、2分音符と4分音符しか使わないって決めたんです。
だから、とても簡単で、どんなテンポを入れても大丈夫なフレーズを考えたんです。
だから、オープニングの曲を聞いて、テンポが揺れていると感じる人は、そんなにいないと思うんですけど、あの曲と一緒に手拍子を打ったら、多分10回やっても1回も合わないと思うんですよ。
それに、50人の演奏家の演奏をあわせる必要もあったので、譜面はかなり考えて作りました。今回本当に運が良かったのは、オーケストラが新日本フィルハーモニーといって、以前から映像と音をあわせることをやっているオーケストラだったので、タイミング合わせがすごく上手いんですよ。
実は僕はね、あの4月1日のオーケストラ収録のスタジオで、ダメだった場合の方法を5〜6通り考えておいたんですよ。
桜井:
逃げ道を(笑)。
酒井:
そう、逃げ道を本当に考えておいて(笑)。
それで、当日はハッスルコピーさんという会社が写譜*を担当してくれたんですけれども、そこの社長さんが心配して立ち会いに来てくれたんです。
しかも、「収録が途中でダメになったら、譜面を書き直すためにウチのスタッフを準備させてますから」と言ってくれて。
それで、オープニングの曲を収録し終わったときに、その社長さんに、「酒井さん、よかったですね。無事に終わって」と言われて。
本当に困難な仕事が、無事に終わったんだって思いました。
もし、一般の人があの収録を見学していたとしたら、そんなに難しい仕事に見えないのかもしれないし、ゲームキューブの電源をオンにしてスマブラDXのオープニングを見たとしても、やっぱり難しい仕事には思えないのかもしれないけれども、あれは相当に困難な仕事だと思うんですね。
桜井:
酒井さんがオーケストラをやっているということを初めて知ったのは、すぎやまこういちさんの「ゲーム音楽コンサート5」*だったんです。
酒井:
あれ、そのときって、桜井さんチケット買われました?
桜井:
いいえ、社員から招待状をもらいまして。
酒井:
あ、それは僕がその人にあげたものなんですよ。
それじゃあ、その頃から縁があったんですね(笑)。
それでは、そのコンサートまでのいきさつを改めてお話ししますね。
僕はその頃データイーストという会社にいて、『ヘラクレスの栄光』というゲームの曲を作ったんです。
そうしたら、すぎやまこういちさんから直接電話をいただいて、「あなたがヘラクレスの栄光を作曲した酒井くんですか?あなたの曲はすごくいいから、今度のコンサートで演奏させてほしい」と言われたんですね。
僕も「是非お願いします」と言ったんですけれども、お話を聞くと、どうもオーケストラでやるらしいということがわかったんです。
実は僕は昔から、一回でもいいからオーケストラを指揮してみたくてしかたがなかったから、「僕に編曲と指揮をさせてもらえるんだったらOKです」ということを、すぎやまこういちさんに言ったんですね。
そうしたら「どうぞ、どうぞ」おっしゃるので、「スゴイ太っ腹な人だなあ」と思いながら、初めて渋谷公会堂で、初めて自分で作曲した曲を編曲して、自分で指揮したんですよ。
そうしたら、そこにたまたま桜井さんが来ていたんです。
そのとき桜井さんが使った招待状とは、僕がハル研の方にあげたものだったんです。
桜井:
会社で「こういうコンサートがあるから行ってみないか」ということを言われて、それで行ってみたんですよね。
まあ、そのコンサートの1曲目に「星のカービィスーパーデラックス」*の曲が演奏されるということもあったんですけど。
また、その全く別の機会に、酒井さんが就職活動中、『MOTHER3』のために作った曲のデモテープをなぜか任天堂本社で、なぜか宮本さんと糸井さんと一緒に聞いたこともあって。
それで、「酒井さんって、データイーストから動いているんだなあ」って思ったら、なぜかハル研にいて、こうやって一緒に仕事をしているという(笑)。
まあ、酒井さんにオーケストラの知識があったので、今回の作品でオーケストラに踏み込むことができたという、いいきっかけになったんですけれど。
酒井:
一昨年の11月に「MOTHER3の室内楽」*というのをやったんです。
当時は『星のカービィ』のテレビアニメの話しがあったので、「MOTHER3の室内楽」のことを社長にプッシュしておけば、カービィの劇場版をやるとしたら、指揮の仕事がまわってくるかなと思っていたんです。
ナマの楽器を鳴らしたくてしかたがないという想いは、今も変わらずにありますね。
桜井:
まあ、そういう意味で言えば、今回の仕事はベスト中のベストでしたね。 |
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