桜井:
そろそろ、音楽や効果音の話しをしようかなあと思うんですけど。
酒井:
僕は「神殿」*のことを言いたい(笑)。
桜井:
「神殿」は苦労しましたねえ(笑)。
酒井:
「神殿」の曲を初めて任天堂さんにチェックに出すときに、桜井さんが、近藤さんというマリオやゼルダの曲を作った人に対して、「僕は高校生の頃にこの曲を聞いて以来、これがずっと心に残っています」といったようなことを言っていたんですよ。
僕はそれを聞いて、「桜井さん、この曲に妙に入れ込んでるなあ」と思ってね。
それでねえ、結局「神殿」の曲だけで1ヶ月くらいかかりましたね。
6タイプめ*でやっとOKが出たんですけれども。
あの頃は、桜井さんに曲を送ると、ものの15分も経たないくらいで、「これでは、ユーザーにはウケません」という答えが返ってきて。
それで近くにいるスタッフに「またダメだったよ〜」って言うと、その人も驚いていました。それで2人して、「桜井さん、結婚しないかなあ」っていう話しをしていたんですよ(笑)。
桜井:
どういう理由ですか(笑)。
酒井:
ほら、結婚すると色々理不尽なことがいっぱいあるじゃないですか。
その理不尽なことを乗り越えていくうちに、丸くなっているというか、「まあ、少々のことは飲もう」っていう感じになってくるから。
桜井:
じゃあ、ディレクターとしては結婚しないほうがいいかなあ、なんて思ったりもしますけど(笑)。
でもねえ、基本的に多くの曲が、プレイしていない人には思い入れが理解できないまま作られるじゃないですか。
自分は色々なゲームをやっているから、どの曲がどういう場面で流れてユーザーはどう思ったっていうことは、一応はわかるつもりなんですよ。
でも、作り手に思い入れのない曲の場合は、それに思い入れがあるユーザーが聞いたときに、やっぱり、ちょっとかみあわない場合もあるんですよね。
例えば、映画の続編のBGMが前作のもののアレンジだとして、そこにアレンジした人のカラーが出過ぎている場合は、前作に思い入れがある人が聞いたら、「それは違うだろう!」っていうことになることもありますし。
まあ、アレンジの解釈というのは、実は「自己中心的」というか「自分勝手」なものであるということも理解しているんですよね。
アレンジをする人それぞれで感じていることが、全く違うと言ってもいいと思っていて。
特にファミコン時代の曲をアレンジする場合、楽器の構成を考える段階からそれぞれで思い描くことが全く違うだろうし。
けれども、そのなかで自分が、「ああ、いいよ、いいよコレで」と妥協してしまうと、スマブラDXの存在自体を否定していることにもなりかねないので、色々なキャラクターや作品を昇華させて、ベクトルは同じ方向を向いたままで、位置を高めているというようなやり方をしているんです。
違う方向に曲げちゃいけないと思っているんです。
安藤:
それが難しいんだな。
つまり、アレンジは「変える」ということだけど、「変えられるとイヤだ」っていう人もいるわけで。
じゃあ、何を変えて何を変えないのかっていうことを考えるんですよ。
その曲に思い入れがある人にとって、何が大事な部分なのかっていうことを推測しながらアレンジするんですけどね。
桜井:
あ、そういえば、その「神殿」の曲で、もめたところがあったじゃないですか。
「たーんたんた、たたたたたたたーん」のところ。*
酒井:
そうそう!それはねえ。あ、ちょっと僕のバージョンと原曲の譜面を書いて説明しますね(ホワイトボードにその部分の譜面を書く)。
この違いというのは、普通の人はまずわからない!
「たーんたんた、たたたたたたたーん」っていうのが僕のバージョンで。
|
神殿でリズムを直す前のバージョン
shrin_wrong.wav(536KB) |
桜井:
それ、違いますよね。
酒井:
そう、それで「たーんたんた、たタァたたたたたーん」っていうのが、本当の原曲なんですよね。
それで、桜井さんがこれを聞き分けて指摘されたときに、「この人は、なんて恐ろしい人なんだ」と思いましたね(笑)。
桜井:
東京と山梨という離れた場所で仕事をしているじゃないですか。
だから、この指摘をするときに、この2つの違いをどういうふうに話そうかなあと思って。
その時はまず、安藤さんに曲を聞いてもらってから、「酒井さんにこういうことを言いたいんだけど」っていう話しをしたのだけれど、「いや、これで合ってますよ、酒井さんの曲で」って言われて。
でもしばらく話しを続けているうちに、安藤さんも「あ、わかってきた。ここですね」ということになったんですよ。
安藤:
まずはどこに着目しているか、つまり、その狙いがわからないと話しが通じないですよね。
だから、最初は僕も違うところばかり見ていて、「これでいいんじゃないの」って思っていたんですけど、桜井さんが気にしているのは違うところだというのがわかると、やっとそこに注意が向けられるようになって、そうすると「ああ、やっぱり違う!」って気づくことができたんですよね。
まあ、曲のどこに重点を置いて聞くかは、人それぞれのこだわりによって違うから、わからないんですよね。
酒井:
自分のことばかり言ってしまってすみません。安藤さんの色々な苦労を聞きたいな、僕は。
桜井:
安藤さんの曲っていうのは、オーケストラ以降、「本当に勉強したんだ」って思うほど、メキメキとよくなっていって。*だから、それまでは過酷だったろうなあ。
酒井:
僕もそう思います。
安藤:
何がよくなれば、桜井さんは「イイ」と思うのかっていうことを、ずいぶんと考えて・・・
桜井:
そういうレベルではすまないくらいだと思うんだけどね。価値観の域を超えていると思うからね。
酒井:
何かが根本で変わったんですよ、きっと。
安藤さん自身は気が付いてないのかもしれないけれど。
何かがね、ガラリと変わったんですよ、安藤さんのなかで。
だって、安藤さんがオーケストラ以降にアレンジした「グリーングリーンズ」とか「ポケモン亜空間」の曲を聞いたときには、驚きましたから。
安藤:
そういうことを聞くと、私は昔から苦労しないで作った曲は「イイ」と言われ、苦労して作った曲は評価が悪いんですよ。
「グリーングリーンズ」とか「ポケモン亜空間」とかは普通にアレンジして、「あ、出来た」っていう感じなんですけど。
でも、メニュー画面の曲は苦労しましたけどね(笑)。
桜井:
メニュー画面の曲については、話しをしないといけないなあ。
メニュー画面のテクノ調の背景に、中世的な勇ましい曲が流れるっていうのは、スマブラDXのイメージをすごく強く反映しているんです。
スマブラDXに登場するキャラクターっていうのは、すごくニュートラルな位置にいなければいけないんですよ。
キャラクター性が変わってしまうから、例えば、トゥーンシェイドみたいに独特の個性づけをする方向にもっていくことはできないので、常に中間位置にいるけれども、内側に秘めている「ゲームの遊び」っていうものは、それなりに熱いものがあるというか。
「クール」と「ホット」というものが共存している世界のなかで、メニュー自体はクールにしつつ、音楽を中世的というか、アナログ的にすることはすごく大事なので、「なんとかしてくれ」というような話しをしたんですよ。
安藤:
でも、それは言葉だけじゃあ、伝えることは難しいですよ。*
桜井:
初めてあのメニュー画面を見た(聞いた)人は、どう思うでしょうねえ。
安藤:
うーん、普通の人はどう思うのかなあ。ちょっとわからないですね。
桜井:
いや、普通の人はねえ、あのメニュー画面を見て(聞いて)燃えるんだよ、きっと。
酒井:
うん、すごく燃えると思う。
安藤:
今までは、メニュー画面の曲っていったら、「ああ、メニュー画面の曲か」っていう印象を受けるくらいで、すぐに聞き慣れてしまうんだろうなというイメージしか持っていなかったけど、今回の曲は、そういうものとは全く違うと思うんですよ。
桜井:
たぶん、口ずさむ人とかいっぱいいると思うよ。
あ、フィギュポンの曲は、メニュー関連のボツ曲でしたっていうことも、一応話しておこうかな。
酒井:
でも、あの曲はあの場面にハマってますよね。
桜井:
うん、ハマってる。
ちょうど物静かな感じが「フィギュア」っていう固体にはあっていて。
でも、その曲が最初に「メニュー曲としてどうですか?」っていう感じで来て、「うーん、すまないけどボツです」っていうようなやりとりがあったっていうことを想像してもらうと、読者には感慨深いかなあと。
じゃあ、ついでに「メニュー画面の隠し曲」*なんていうのは、どうでしょう?
酒井:
それで感じたのはねえ、言葉の問題ですね。
桜井さんの言う「風が吹く丘の上に立っている」という、そのイメージがね(笑)。
確か、「颯爽」という言葉もあったんですよね。
桜井:
「メニュー2」という曲を作ってもらおうと思って、自分から指示を出したんですけど。
まず、通常のメニューの曲は、「闘技場の控えの間から、今まさに闘うために飛びだす寸前」といった感じで、勇ましくしているんです。
でも、「メニュー2」というのは、全部の要素が揃ってから出るものだったので、「慣れたような感じで闘技場を小高い丘から見ていて、風が吹いているなかを颯爽とそこに向かっていくっていう感じで」という指示を出したんです。
酒井:
僕が、その「颯爽」を「爽やか」に変換しちゃったのが間違いの始まりだったんですよ。「爽やかな感じ」だから、春らしい明るい曲にしたのかな?
どんな曲だったか、よくおぼえてないけど(笑)。
やっぱり、言葉の問題っていうのは大変ですよね。
桜井:
まあ、主に言葉で伝えるしかないですからね。
安藤:
でも、いつも注文を受けるときに、「桜井さんの頭のなかでは、なんらかの音楽が流れているに違いない。それはどんな音楽だろう?」って考えるわけですよ。
だけど、それを言葉として引き出すのは難しいですからね。
桜井:
まあ、たまに「この曲のような」って言う場合もあるけれども・・・
安藤:
いや、そうやって参考曲を渡されても、その曲のどういう要素を「イイ」と思っているんだろうかって、考えてしまうんですよね。
桜井:
ああ、捉え方も色々あるし。
安藤:
例えばその曲を聞くと、「あれ、何だこの曲って」と思うことは確かにあるけど、「あ、この部分をイイと思っているに違いない」と思うことは、なかなかないんですよね。
桜井:
基本的には、「お客さんが求めているようなことだ」っていうように思ってもらえれば、なんとなく合うんだけど。
あ、でも難しいな。
なにしろ、スマブラの場合はオリジナルの作品に対しての思い入れがないとダメっていうことになるから。
安藤:
個人的には、『MOTHER2』と『ポケモン』は、かなりやり込んだから思い入れがあるんですけど。
マリオ関係はあまりやってないんですよね。
酒井:
僕も『スーパーマリオ64』は遊んだけど、それ以外ではあまり遊んでないなあ。
桜井:
そういうことがあるから、全部のゲームを知っている自分が、「これは、全体のなかでこういう役割を持っている曲だから、こっち」っていうようなことを含めて話しをしているんですけれど、まあそれでもすんなりと伝わらない。
酒井:
では、編曲を担当する者が、そのゲームにハマったっていうことが大事なんでしょうか?
桜井:
いや、スマブラDXがうまくいっているという評価を受けているなら、今のままでOKなんだと思います。
酒井:
じゃあ、もっとよくなったかもしれない?
桜井:
それは、わからないです。
また同じ作りかたをするなら、そうでしょうけど。
まあ、スマブラDXのようなゲームは空前絶後なものだから、*他のゲームに対する参考にはならないかもしれない。
酒井:
僕は、『MOTHER2』はちゃんと遊んでるんですよね。
それで、安藤さんがアレンジを担当した「フォー・サイド」のステージの曲を聞いて、「僕だったらサルサにアレンジしたなあ」って思ったんですよ。
なんていうのかな、「キューバに近いようなニューヨークの位置的関係」っていうか。
安藤:
ああ、原作により忠実なような。
酒井:
そう。
それで、スマブラDXの「フォー・サイド」のステージの曲は、オリジナルとだいぶ違って、宇宙空間っぽい曲になってるじゃないですか。
安藤:
あれは、夜のステージだから、そういうふうにしたんです。
酒井:
それでね、もし僕がユーザーだったら、「ちょっと違うぞ!」って思うだろうなって。
安藤:
昼のステージだったら、酒井さんが言ったような方向に行ったかもしれないですけど。
酒井:
ああ、なるほど。
それでね、例えば僕がユーザーとして全く遊んだことがない『メトロイド』の曲をアレンジして、それを『メトロイド』が大好きな人に聞かせると、もう燃えちゃうんですよ。
でも、なんでそんなに燃えちゃうのかわからないんです。
桜井:
念のためにお話しておくと、燃えないような曲は事前にアレンジ候補から外しているんですよ。
自分からは曲の種類も指定するし、「ここはちょっと違うから、こうしてほしい」っていう、単純で多数の指示がいくじゃないですか。
それは音楽的には納得のいかないこともあるかもしれない。
時にはごくささやかな、小さい調整かもしれない。
けれど、それが調整されることは、それぞれのゲームで遊んだことがある人の思い入れにつながることだから、すごく必要なことだったりするんですよ。
酒井:
じゃあ結局、桜井さんのディレクションがあったから、皆は燃えてくれるんですね。 |
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